オリエント考古美術
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バクトリア美術


古代都市の発見や出土例の報告によれば、バクトリアの文化が栄えた場所は中央アジアの西部、現在のパキスタン、アフガニスタン、ウズベキスタンからカザフスタンに渡る広大な地域でした。
紀元前3千年紀初頭から紀元前2千年紀始めまでの青銅器時代のバクトリアが属していた文化圏は、イラン南東部と中央アジア西部とインダス川流域に及び、異文化間にそれぞれの特色を保ちながらも共通の美術様式を生み出しました。石材(アラバスター、ラピスラズリ、紅玉髄、凍石)や金属(金、銅、錫)など、資源豊富のため、需要のあったメソポタミアに輸出を行っていました。
左の写真の山羊は、青銅器時代より下がった紀元前1千年紀の作品で、古代で生活において身近な動物を題材とするいわゆる「アニマル・スタイル」を代表しています。この山羊は鈴を付けており、作家が力強さのみならず愛らしさも表現に込めています。
山羊
バクトリア出土、紀元前1千年紀、青銅、高さ 9.5 cm
紀元前4世紀にアレキサンダー大王に占領されたバクトリアは再び美術の栄える中心地になりましたが、それ以前からイラン経由で西洋文化の影響があり、ギリシャの移住者が住み着くこともありました。アレキサンダー自身は新しい帝国のあらゆるところにアレクサンドリアと言う都市を築いており、その一つはバクトリアのアイ・ハヌム(アレクサンドリア・オクシアナ)でした。
ギリシャの文化は東へ流れ、行き先の地元の文化と融合してヘレニズムと言われる文化現象を産み出しました。アレキサンダー大王の死後にグレコ・バクトリア王国が設立され、ギリシャ軍に続いて商人や職人がバクトリアでのギリシャの都市にやって来ました。ともに商品・技術・思想・信仰などがバクトリアやその先のインドにも伝播して行きました。
アスコス
バクトリア出土、紀元前2世紀、青銅、高さ:14.5 cm

ギリシャ・ローマのモティーフは地元の美術に用いられ、上の青銅のアスコスのようにギリシャ陶器から形を取った器はバクトリアにも作られるようになりました。このアスコスの蓋は葡萄の葉の形をし、握手は葡萄の蔓をかたどって、酒神ディオニソス関連の装飾です。
左の写真のカメオは、ギリシャ神話のエロスとプシケが空想の海獣に乗る場面がカメオに表されています。
カメオ
バクトリア出土、紀元前後、瑪瑙、5.7 cm x 5 cm



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