オリエント考古美術
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ギリシャ・ローマの美術


古代ギリシャが産み出した陶器の名称が美術史に残りました。左の写真の器はピクシスです。名前の由来は「犬黄楊」を意味する箱作りに使われた木材になる木です。本来女性が化粧品や装身具を収納する木箱から、ギリシャ陶器を代表する一つの形になりました。筒状かあるいは球形のボディに蓋があって、陶器以外に様々な材料で作られていました。
このピクシスには、イヤリングを着け、髪にも装飾をあしらった女性の横顔が描かれています。背景にパルメットなどの植物模様や真珠などが描かれています。
交易に伴って地中海沿岸にギリシャの植民地化が進みました。その結果ギリシャ文化が普及して、職人たちが植民地に住み着くことになりました。アテネの陶芸家たちが南イタリアのタラント湾辺りに移住して赤絵陶器を生産していました。南イタリアとシチリア島の植民地をマグナ・グラエキア(大ギリシアを意味するラテン語のMagna Graeciaですが、もともとは同じ意味のギリシャ語メガレ・エッラス:Μεγαλη Ελλασ)と言う歴史用語が使われています。
ピクシス
南イタリア出土、紀元前5−4世紀、陶器、高さ 14 cm

古代ローマは古代ギリシャの伝統を受け継ぎ、新たな要素を加えながら発展させました。ギリシャ神話の神々もローマでは新しく命名され、信仰上の習慣や儀式も風土に合わせて引き継がれました。その一つは分かれ道にヘルマという長方形の柱の頂点に旅や商売の神様ヘルメス胸像が乗ったものを建てる風習でした。
殆どの文化において道の分岐点は、旅人が経路を選ぶ場所、その選択に迷い、また道に迷う場所、従って魔物の潜む場所として警戒されており、旅人を魔物から守るお呪いとして護符を置く場所でした。古代ギリシャでは太古から分かれ道に石を置く習慣から次第に、旅人の守護神だったヘルメスの図像を用いてヘルマを建てるようになりました。また多産の意味も加わり、柱の適切な位置に男性のシンボルも表せられるようになりました。ヘルマはヘルメスから名を取りましたが、次第にその頂点には酒神ディオニソスや太陽神のヘリオスの胸像も用いられました。ヘルマを建てる習慣が普及し、建てる場所も街中に広がりました。ヘルマの習慣自体はルネサンス時代にまで続いたと言われています。
ヘルマ
ローマ、紀元前後、テラコッタ、高さ 28 cm
左の写真はギリシャのアッティカ地方で発行されていた銀化です。表はギリシャ神話のアテナ女神で、裏には聖なる鳥、梟が表されています。アテネは知恵の女神で、梟は現代に至るまで知恵の象徴です。またアテナがアテネの守護神で、梟とオリーブの枝はアテネの紋章や貨幣にも用いられていました。
アッティカの貨幣
ギリシャ、アテネ;紀元前454-404年
表:ヘルメットを被ったアテナ女神の横顔
裏:梟・オリーブの枝月年;碑文:「アテネの」


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