オリエント考古美術
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イランの美術


古代の町スーサは先史時代からイラン文化の発祥地とされているエラム(現在のイランの南西部と南イラクの一部)の主な都市でした。青銅器時代(紀元前3千年紀)の中近東においては、メソポタミアからエラムや東へ続くジロフト文化(現在イランのシスタン州とケルマン州)、そしてバクトリアを含む広い地域でそれぞれの特徴を保ちながらも共通点の多い「異国文化間様式」(Intercultural Style)の文化が生まれました。エラム王国に続く、メディア王国(紀元前715-550年)、アケメネス朝ペルシャ(紀元前550-330年)、パルティア王国(紀元前247-紀元224年)、ササン朝ペルシャ(紀元224-651年)全ては、巨大な領域の強い国家においてイラン文化が繫栄していました。
ササン朝ペルシャの特徴の一つは、王権に纏わる図像です。フィルザバード、ビシャプール、ナクシュ・イ・ルスタムなど各遺跡に、王が拝火教の神々から王権を授かったり、敵を伏せさせたり、家族に囲まれて表されたりする巨大なレリーフが彫刻されています。右の写真の封泥は、馬に乗ったササン朝の王、ホスロー1世(紀元531‐579年)を表し、当時東西南北に分けられた国家の行政において南を司っていたヴァフラム将軍が文通の封印に使用していたものです。
公文書用封泥
6世紀、粘土、7.2 cm x 6.5 cm
来歴:イギリスのコレクション
一方、同時代に盛んに生産されていた銀器には、王が狩猟する場面やイランの宗教であった拝火教の神々の化身であった動物(猪・羊・馬など)のデザインが用いられました。それが元に生まれた意味深い図像は後に建築や織物の装飾デザインにも、ササン朝を滅ぼしたイスラムのデザインにも影響を及ぼしました。
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時代を遡ることになりますが、右下の写真の容器はイランの北東部のクルディスタンとアゼルバイジャンの境目辺り当に位置するジヴィエ遺跡から出土するファイアンス陶器です。ジヴィエ遺跡は、アッシリア・ウラルトゥ・スキタイやルリスタンの影響が見られる金銀の器、装身具、青銅の鎧の部品、馬具、家具の部品、象牙の飾り板や彩釉壺を含む紀元前8~7世紀の秘宝が発見されたことで有名です。ジヴィエ風のファイアンス製の器は、壺や蓋の付いた小物入れの形が多く、薄い青の背景に白・黄色・オレンジ色・濃い青で花弁やジグザグ模様が施されています。
公文書用封泥
ジヴィエ出土、紀元前8~7世紀、ファイアンス、高さ 8.9 cm
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イラン西部の山地地帯のルリスタンは、紀元前2千年紀末から1千年紀にかけて主に動物をモティーフに青銅製の装身具や馬具などの美術品が名高いです。それに先立って古代バクトリア、メソポタミアやエラム(南西イラン)と一緒に文化的共通性を持つ文化圏に属していたその地域が、ウラルトゥ様式とも共通点が多く、スキタイの「動物様式」(Animal Style)の要素も加わっていました。そしてイランの青銅製動物の延長線にあるのは隣接している現在パキスタンのバルチスタン地方から出土している紀元前1千年紀の美術品です。
鹿形の装飾
ルリスタン出土、紀元前1千年紀、青銅、高さ 8.9 cm


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